20代大手企業社員の頭の中

組織に依存せずに生きていける力を身に付けよう

いつから「何かに縛られて生きる」ことに馴れてしまったのだろう

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こんばんわ。タナカユウ(@tanakayu30)です。

今日は、人がいかに沢山のものに縛られてしまっているか、書いていきたいと思います。

日々を生きているとあなたは色々な感情に出会うはずです。

 

〇〇したい。

〇〇するべき。

〇〇だと思う。

 

みたいな。

 

でもその一つ一つの理由を考えてみると、案外どうでもよかったり、
〇〇であるべきといった感覚はあるけれども、なぜそうであるべきと考えるかは説明できない。のようなことって良くあって、

 

それってやはり、世の中から?世間から?はたまた自分自身から
そう思わされている。つまりただただ「縛られている」だけなんじゃないかなって。

 

ふわふわした記事になっていますが、今日はそんな「ああ、今私は縛られている」と感じた友人との会話の一部始終を紹介させてください。

 

それではいってみましょう。

 

いつから「何かに縛られて生きる」ことに馴れてしまったのだろう

 

ことの発端は「30歳までに結婚したい」だった

 

あなたもなんとなく思うことがあると思います。
「30歳までには結婚したいなあ」みたいな。ことを。

筆者も同様でして、最近友達と以下のような会話をしました。

 

筆者「30歳までに結婚したいなあ。今24歳やろ?やばくない?」


友達「わかる。そこまで俺は焦っては無いけど30までっていうのは思ってるなあ」

 

筆者「仮に2年間時を過ごした=相手を知ったとするのであれば、あと3人の女性の中から1人を選ばないといけないってことやんな。やばすぎわろた。」

 

友達「そういうことになるよな。そもそも出会いもないし、最近は自分の価値観を曝け出して全て受け入れられる人っていないと思うようになってきたわ。」

 

筆者「確かにな。本音を言えば喧嘩になるやろなあ。って思うことは少なくはないしな。ただ、やっぱりド本音で会話できる人と結婚したいよね。」

 

友達「そんな人おるんやろか。まあていうのはおいておいて明日の会社行きたくない」

 

的な会話をしていたわけですよ。まあどこにでもあるような会話でしょう。
ここから少しずつ良くわからない話になっていきますが、付いてきてくださいね。

 

なんで結婚しなくてはいけないの?

 

筆者「ていうかさ、結婚結婚って自分で言いまくってるけど、そもそも結婚ってなんでしたいと思ってるんやろう。だって、子供が欲しいだけなら、究極結婚せずともできることはできるし、結婚なんて最近できただけの制度で、もし俺らが2000年前に生まれてたり、人間以外の動物であれば紙で契約なんて結ぶことなんて無かったわけやん。契約、つまり義務でしばることでしか継続できない関係って、そもそもたいしたことのない説、だって、こうあるべき、でも、こうしたいっていうのが、wantであり愛なわけやん?」

 

友達「確かになあ。けど、なら結婚せずに子供つくるのかって聞かれるとNoやし、結婚したいかしたくないかでいってもしたいし、それでもやっぱりそういう感覚があるのも皆がそう言うからとか、そうであるべきって言う価値観をどこかしらから24年間をかけて叩き込まれて生きたからなんやろなあ。」

 

男同士で何話してんだ。って感じですが、このように少しずつですが、
結婚したい→結婚とは→結婚って本当に必要?→誰が結婚=善という価値観を創った?

みたいな話になっていきました。

ここからは、少しずつ「結婚」という枠を外れて、日常の中で私たちが縛られていると感じる瞬間について語っていきます。

 

別に、人間も4足歩行してもよくね?

 

筆者「やっぱり、ただただ縛られてるだけやわ。
だって考えてみて?俺ら結婚はしたいけど、会社も辞めたいわけやん?
毎日朝起きて、上司に偉そうにされるの嫌なわけやん?

関連記事:私は30歳までに「会社を辞められる定義=月13.5万円の不労収入の創造」を目指してる。

であれば、結婚しない、子供をつくらないっていう選択さえできれば、
明日にでも辞表を出してもいいわけ。ある程度の貯金もあるし、そうでなくても1人でならやって行ける自信はあるやろ。アルバイトでも何でもいいんやし」

 

友達「確かに。(笑)そう考えたらまじで明日会社辞めてもなんとかなるわ。」

 

筆者「俺らって気付かぬ間に、色々な枠にはまってしまっているんやね。
いやそもそもやけど、何で2足歩行してるねんって話やん。別に4足歩行してもいいわけやん。俺らが足2本で歩くのは、周りの皆がそうしてるからであって、この世の人間全員が4足歩行してたのなら、俺らも今4足歩行してる。」

 

友達「ほんまそれな。移動しながら両手が使えるとかメリットがあるんやろうけど、4足歩行でもっと筋肉が発達して、ライオンの速度で移動できることもメリットになりうるしなあ。いや、4足歩行してないのはただただ型にはまってるだけやわ。」

 

俺ら「4足歩行しよう」

まとめ:いつから「何かに縛られて生きる」ことに馴れてしまったのだろう

 

ここまでお付き合いいただきありがとうございました。しょうもなくてすみません。

 

今日ここで私が伝えたかったのは、もっと自分自身含め自由に生きてもいいんではないかということです。

 

世の中には型、枠、義務、法律、ルール、常識などの、~するべき、こうあるべき、

人を縛るものが多くありすぎます。もちろんこれらがあることが快適な生活を送るうえで必要である部分も多くあるとは思いますが、

 

高校生の時は、部活頑張るべき、大学には行くべき

大学生の時は、大手企業に入るべき、

現在も、結婚はすべき、子供は作るべき

 

べきべきべきべきべきべきべきべきべき

が多くなるにつれて、〇〇したい、という人間が動物状態であるときに芽生える感覚をないがしろになってしまっている気がして。

 

欲望解放状態に、10キロの走り込みしないでしょ。受験のために英単語覚えないでしょ。就活で、おっさんを前にして志望動機述べてないでしょ。って思いましてですね

つまり、

じゃあ。そんなの全部取っ払った後で、どうありたいんだ。何がしたいんだ?
って言うのは1度立ち止まってでも真剣に考えた方がいいなあと思った次第でした。

 

今回は以上です。では。